大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和43年(ワ)1044号 判決 1970年5月08日

原告

粟井キヨコ

外四名

代理人

外山佳昌

被告

中村文一

被告

山栄運送有限会社

両名代理人

椎木緑司

主文

被告山栄運送有限会社は原告等五名に対し各金二〇〇、〇〇〇円(合計金一〇〇万円)及びこれに対する昭和四〇年一〇月九日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告山栄運送有限会社に対するその余の請求並びに被告中村文一に対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中原告等と被告山栄運送有限会社との間に生じた部分は同被告の負担とし、その余の部分は原告の負担とする。

第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、

被告等は各自原告等五名に対し各金三〇万円及びこれに対する昭和四〇年一〇月九日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

一、訴外粟井マスノは昭和四〇年一〇月八日午後六時一五分頃広島県安佐郡安佐町大字久地字宇賀の県道上を農作業用の直径約六〇糎の籠を背負つて歩いていたが、同訴外人の後から被告中村文一の運転する材木を満載した大型トラック(広1い二九―五七)が時速約二〇粁の速さで同方向に向け進行して来たので、右道路の右端に立ち止つて右トラックの通過を待つていたところ、右トラックは通過に際し右後部をマスノに接触させたため、訴外人はその衝撃により道路より約六米崖下の河中に墜落して死亡した。

仮に接触の事実がなかつたとすれば、マスノの墜落は右トラックの走行による風圧ないし心理的威圧に因るものである。

二、事故現場の道路は幅員約3.9米、進行方向左側は家、右側は前記の如き崖で、事故当時はガードレールもなく、砂利道でかまぼこ型になつており、従来も屡々墜落事故のあつた危険な場所である。被告中村としては現場附近の地形に精しく事故現場より更に十数米進んだ所に安全な場所のあることは知つていた筈であるから、右安全地点まで被害者を誘導した上で通過を謀り以て事故の発生を未然に防止すべき義務があつたのにこれを怠り、漫然安全を軽信して通過した過失により本件事故発生を見たものである。従つて被告中村は民法第七〇九条により不法行為の責任を免れない。

三、被告会社は当時有限会社久地運送店の商号で運送業を経営しており、事故の際も当時の代表取締役である中村芳夫が同乗し被用者である被告中村をして同会社の前記トラックを運転させて被告会社の業務のため材木を運搬していたものであるから、民法第七一五条により本件事故につき損害賠償の責任がある。

四、亡マスノは明治三九年六月一七日生れで死亡当時六〇才であつたが、健康状態は良好で畑一反を耕作して生活していたが、昭和二九年七月二〇日夫と死別してからは女手一つで原告等を育てて来たものである。

原告キヨコはマスノの二女、原告靖はその長男、原告研治はその次男、原告三代子はその三女、原告妙子はその五女でいずれも事故当時成年を過ぎていたが、多年養育された母の事故死によつて蒙つた精神的苦痛は大きい。

一片の誠意もない事故後の被告等の態度その他諸般の事情を考慮すると、亡マスノの慰謝料は金五〇万円、原告等固有の慰謝料は各金四〇万円が相当であり、原告等は夫々マスノの相続人としてマスノの慰謝料金一〇万円宛を加えた各金五〇万円の請求権を有するが、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)による受領済みの保険金一〇〇万円を各原告につき二〇万円宛控除し、各金三〇万円とこれに対する昭和四〇年一〇月九日から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

被告等訴訟代理人は

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一、請求原因第一項中原告等主張の日時場所で粟井マスノが墜落死亡した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同第二項の事実は否認する。

同第三項中被告会社の事業及び商号変更の事実は認めるが、被告会社の責任は争う。

同第四項中原告等がマスノの子である事実及び保険金支払の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告中村は事故当時、前方約二〇米の地点にマスノが歩いているのを認めて警笛を鳴らしたところ、同女は道路右端(崖側)に寄つたので、同女に注意しながら徐行して通過したもので、自動車のボデイから道路右端まで約一三〇米の余裕があつたので、同女が自動車に接触した事実はなく、接触の危険性もなかつた。同女は自ら足を踏み外して墜落したもので、自動車の運行と同女の墜落事故との間には相当因果関係はない。

三、仮に右因果関係ありとしても、右事故の発生は全くマスノの過失によるもので、被告中村には何等過失はなかつたのであるから、被告等には責任がない。

仮に責任ありとしても、マスノの過失を斟酌すると、既に保険金一〇〇万円を受領している原告等に対してこれ以上損害賠償の義務はない。

証拠<略>

理由

一事故の発生

粟井マスノが昭和四〇年一〇月八日午後六時一五分頃広島県安佐郡大字久地字宇賀の県道上から崖下の河中に墜落して死亡したことは当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、マスノは事故当時前記県道上を西から東へ向け繩背子(幅五〇糎、長さ六〇糎、高さ五〇糎の竹と繩で編んだ荷物を背負う道具)を背負つて歩いていたこと、事故理場における右県道の幅員は3.90米で、マスノの進行方向右側(以下進行方向の語を省略して単に右、左で表示する)は殆んど垂直に落ちる約六米の崖で当時は現存するガードレールはなく、崖下は太田川の河流であり、左側は幅員二五糎の小溝を距てて石垣積があり、その上に家屋が建ち並んでいること、被告中村はマスノの後方から同方向に向けて材木を満載した大型トラック(広一い二九―五七。長さ7.31米、幅2.28米、高さ2.54米)を運転進行していたが、前方約二〇米の地点でマスノの姿を認めて警笛を鳴らしたところ、マスノは道路の右端に寄つて崖を背にして佇立したので、被告中村は時速約一〇ないし一五粁の速度で同女の前を運転通過したが、その際同女が崖下に墜落したことが認められ、<右認定に反する証拠はない>

二事故の原因

原告等はマスノの墜落は右トラックと接触したことに因るものと主張するが、右主張にそう<証拠>に照らしてたやすく採証の用に供しがたく、<証拠判断略>。

そして、事故現場における道路の幅員、両側の状態は前認定のとおりであり、検証の結果によれば、マスノの佇立地点に対応する道路左側には電柱があつて右箇所における道路の有効幅員は3.70米であると認められること、前認定のとおり本件トラックの幅は2.28米であること、証人上石実爾の証言によれば、事故当時右道路の路面は若干中央の盛上つたかまぼこ型を呈し、かつでこぼこの多い砂利道であつたことが認められること等の諸点を併せ考えると、本件トラックがマスノの前を通過する際の両者の間隔は多くても六〇糎位しかなかつたと認められ(検証現場における被告中村の説明によれば五五糎という)、これに右路面の状態及び前認定の積荷の状態から推測される車体の動揺を考慮に入れると、右接触の危険性があつたことは否定できないけれども、さりとて、進んで接触の事実を確認するに足るだけの証拠はない。

原告等は更にトラック通過による風圧または心理的威圧に因ることを主張するが、前認定の如き本件トラックの速度からみて、マスノの身体の安定を失わしめる程度の風圧が生じたとは認めがたく、また、前示の如き接触の危険性からマスノがトラック通過中心理的威圧を受けたこともあり得ると考えられるが、墜落がトラック通過中に起きたか通過の直後に起きたかも確認しがたい本件において、右心理的威圧を以て墜落の原因とすることは困難である。もつとも、被告会社主張の如くマスノ自ら誤つて足を踏み外したため墜落したものであると認めるに足る証拠もないのであつて、マスノ墜落の原因は、結局において不明というほかはない。

三事故に対する責任

(一)  前項説示のとおりマスノの墜落原因は不明であるから、被告中村の過失を認める余地なく、同被告に対し不法行為の責任を問うことのできないことはもとより、被告会社に対し使用者責任を問うことのできないのも明らかである。

(二)  然しながら、<証拠>によれば事故当時被告会社の専務取締役の地位にあつた被告中村は被告会社の業務として本件トラックにより木材運搬をしていたもので被告会社は自賠法にいう運行供用者の地位にあつたものと認められるから、同法第三条により被告会社に運行供用者としての責任があるかどうかについて検討する。

同条によれば、運行供用者は「その運行によつて」他人の生命身体を害したとき損害賠償の責に任ずるものであり、右の「その運行によつて」という要件の主張立証の責任は被害者側において負担しなければならない。そして、右要件の実質的意味をどのように解するかについては説の分れるところであるが、当裁判所としては、右要件は文理上一応自動車の運行と損害との間の因果関係をいうものであり、単に「運行に際して」の意味に解することはできないと考えるが、他方右にいう因果関係とは、不法行為において民法上一般に要求される行為と損害との間の相当因果関係を指すものではなく、その運行なかりせばその損害の発生がなかつたであろうといういわゆる条件説的因果関係を指すものと解する。けだし、当該自動車の運行と事故発生との間に相当因果関係の存することを立証することは必ずしも容易ではなく(本件の如き自動車が接触したかどうか不明の案件においては殊に然り)、その立証責任を被害者側に負担せしめることは、無過失の立証責任を運行供用者の側に負担せしめた右自賠法の規定の精神に背馳するからである。

従つて、被害者側で立証すべきものは条件説的因果関係の存在のみで足り、相当因果関係については、無過失の立証責任を負う運行供用者の側においてその不存在を立証すべきものと解する。

ところで、本件においては、本件自動車の運行がなかつたならマスノが道路右端に寄ることはなかつた筈であり、マスノが道路右端に寄らなければ、いずれにせよ、墜落事故は起り得なかつたであろうことは前認定の事実関係から明らかであるから、本件事故と本件自動車の運行との間には右の因果関係があり、本件事故は右運行によつて発生したものということができる。

そこで、免責事由の有無について考えるに、前示のとおり本件墜落事故の直接の原因は不明であつて、積極的にそれが被告中村の過失に因るものであることは認められないのであるが、同時に前記接触の危険性ないしは心理的威圧の可能性の存在に鑑みると、墜落の原因が右接触ないしは心理的威圧に因るものではなかつたとも断じがたく、墜落原因がそうであるとすれば、前認定の如き事故の情況に照らし、被告中村に原告等主張の如き過失がなかつたとすることはできない。のみならず、墜落がマスノの一方的過失であるとも認めがたいことは前示のとおりであるから、被告会社に免責事由を認めることはできず、被告会社は運行供用者としての責任を免れない。

四被害者の過失

前示のとおり本件事故発生がマスノの一方的過失に因るものとは認められないが、マスノに若干の過失があつたことは否定できない。即ち、マスノの墜落が本件トラックの接触による衝撃を直接の原因とした場合を仮定してみても、少くとも右接触を生じたのはマスノが本件トラックの通過を待避する場所として選んだ地点が適当でなかつたためであり、もしマスノが道路の反対側に寄るか、少くとももう少し進んだ道路の有効幅員の広い地点で右側に寄つたとすれば、右接触を避け得たであろうことは前認定の道路の状態から容易に諒解しうるところであり、マスノがかような措置をとることができなかつた事情は認められないから、この点マスノに過失がある。勿論、右の事柄は同時に被告中村がマスノに対して適切な待避場所の指示誘導を怠つたことをも意味することになるが、そのためマスノに過失がなかつたということにはならない。そして、墜落の原因が前記心理的威圧であつた場合或いは接触ないし心理的威圧に加えて何等か別の要因が働いた場合を仮定するとマスノの過失が更に大きくなることは考えられても、小さくなるとは考えられない。右マスノの過失は後記損害額の算定について考慮すべきである。

五慰謝料請求権及び慰謝料

額原告等がマスノの子であることは当事者間に争いなく、<証拠>によればマスノの相続人は原告等五名のみであることが認められる。そうすると、原告等は本件事故につきそれぞれ固有の慰藉料請求権を有するとともに、相続により亡マスノの慰藉料請求権を各五分の一の割合で承継したものというべきである。

そして、<証拠>によれば、マスノは本件事故当時満五九才であり、夫嘉造とは昭和二九年死別していたが、健康状態は普通で、農業や日傭に従事して暮していたこと、原告等はいずれも成人していたことが認められ、右事実と本件事故の態様、その他諸般の事情殊に前記マスノの過失を斟酌すると、亡マスノに対する慰藉料は原告主張の金五〇万円を下らず、原告等に対するそれはそれぞれ金三〇万円とするのが相当である。

六一部弁済

前項により原告等は各計金四〇万円、総計金二〇〇万円の慰藉料請求権を有するが、自賠法による保険金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、これを按分控除すると、原告等の請求権は各金二〇万円となる。

七結論

よつて、原告等の本訴請求中、被告会社に対する請求は各金二〇万円とこれに対する不法行為時後である昭和四〇年一〇月九日から各支払済みにいたるまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める範囲では理由があるからこれを認容し、その余の部分並びに被告中村に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(胡田勲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例